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神戸家庭裁判所 平成4年(家)1298号 審判

申立人 X

相手方 Y1

Y2

被相続人 A

主文

1  被相続人Aの遺産を次のとおり分割する。

別紙遺産目録記載の被相続人Aの遺産を総て相手方Y1が取得する。

2  相手方Y1は、申立人に対し、前項の遺産を取得した代償として、1840万6000円を本審判確定の日の翌日から4か月以内に支払え。

3  本件手続費用のうち、鑑定人に支払った鑑定費用合計150万8000円のうち、申立人が33万5000円、相手方Y2が39万1000円、相手方Y1が78万2000円をそれぞれ負担し、その余の手続費用は、各自の負担とする。

理由

本件記録に基づく当裁判所の事実認定及び法律判断等は以下のとおりである。

1  相続の開始、相続人及び相続分

被相続人は、平成2年8月21日死亡し、相続が開始した。その相続人は、被相続人の妻である相手方Y1(以下「相手方Y1」という。)、被相続人と同人の先妻との間の子である申立人、被相続人の養子である相手方Y2(相手方Y1の実子、以下「相手方Y2」という。)である。

なお、被相続人と同人の先妻との間の子である申立外Bは、相続を放棄した。

各相続人の法定相続分は、申立人及び相手方Y2が各自4分の1、相手方Y1が2分の1である。

2  遺産の範囲

(1)  結論

本件記録及び第40回審判期日における当事者全員の合意に基づき認定した本件遺産分割の対象となる被相続人の遺産は、別紙遺産目録記載のとおりである。

(2)  遺産の範囲に関する争点

〈1〉  申立人は、被相続人から昭和47年12月18日付売買を登記原因として相手方Y2に対し移転登記されている別紙物件目録2記載の土地(以下「本件土地」という。)について、当該登記は通謀虚偽表示で無効なものであって、被相続人の遺産である旨主張する。(争点1)

〈2〉  相手方Y1は、本件相続開始当時別紙遺産目録第3の2記載の現金を保管していたが、被相続人の葬儀費用617万円の一部に充当して費消した旨主張する(なお、本件当事者会員において、仮に裁判所において、申立人に当該葬儀費用の負担義務がないと判断された場合には当該現金を相手方Y1が保管している被相続人の遺産と扱うことについて合意した。)。(争点2)

(3)  争点1についての判断

相手方Y2は、本件審判期日において「(ア)本件土地及び上記移転登記がなされた当時その土地上にあった建物は、被相続人が昭和45年4月11日ころ代金500万円程度で購入し、相手方Y1とともに約2年間同所において生活していた。(イ)昭和47年両名が川西市で建売住宅を購入するにあたりその資金が650万円不足したことから相手方Y2に対し650万円で売却したものである。その650万円のうち300万円は相手方Y2の養母でありかつ母方祖母である申立外C(以下「祖母」という。)から譲受け、残りの350万円は一旦被相続人が銀行から融資を受け、相手方Y2が被相続人から借り受けた。(ウ)被相続人から借り受けた350万円は、上記土地建物を第三者に賃貸しその賃料で被相続人に対し全額返済した。」旨それぞれ陳述する。

しかしながら、〈1〉祖母から提供を受けた資金に関する資料が充分とはいえない。確かに相手方らが提出した被相続人から祖母に宛てた手紙によれば、被相続人が祖母からいくらかの資金提供を受けた事実を推認する事ができるものの、その金額を確定することはできない。〈2〉また本来売買がなされたとすれば、通常作成されるべき契約書が、本件では作成された形跡はなく、単に登記手続きに必要な不動産売渡証書が存在するのみである。〈3〉更に仮に相手方Y2が、本件不動産を購入したとすれば、その目的が不明確である。すなわち、相手方Y2は本件不動産を購入した当時24歳であり、しかも広島に祖母と居住していたものであるから殊更本件不動産を借金してまで購入する必要があったとは認められない。〈4〉加えて、本件土地上の建物は、被相続人の勤務する航空会社の従業員の社宅目的で同社に賃貸され、その賃料収入が被相続人の銀行への債務の返済原資となっていたものであるが、それらの手続は総て被相続人又は相手方Y1が行ったこと、当該賃料は、上記銀行に対する返済が終了した後も総て被相続人又は相手方Y1が管理し、自由に同人らのために費消していたことが認められる。これらの事柄は、仮に相手方Y2が本件不動産の所有者であるとすると不自然な事柄であるといえる。〈5〉もっとも、被相続人が多額の資金援助を祖母から受けており祖母の指示に基づき本件不動産の所有者を相手方Y2とした可能性がないわけではないが、祖母が提供した資金額を証明する証拠がない以上そのように判断することはできない。

これらの事柄によれば、本件不動産は被相続人の所有に帰属し何らかの理由(例えば、銀行融資、被相続人が新たな居住用不動産を取得するにあたっての税金対策)で相手方Y2の名義を借用していたとも考えられる。

しかし、他方で〈6〉被相続人は、本件土地の隣地である別紙物件目録1の第1の1及び2記載の土地(以下「本件隣地」という。)を購入し、本件土地と合わせてその土地上に同第2の1記載の建物(以下「マンシヨン」という。)を建築したのであるが、その建築途中であった昭和59年12月22日本件隣地及びマンシヨシを相手方Y2に遺贈する旨の公正証書遺言を作成し、更に昭和60年2月26日相手方Y2を養子とする縁組届出を行った。これらの行動から、被相続人は、本件土地が相手方Y2の所有に帰属していることを前提して、一体利用されている本件隣地及びマンシヨンを遺贈する旨の遺言書を作成し、自己の死後それらの不動産を総て相手方Y2に取得させることにしたと推認できる。即ち被相続人は上記のような遺言書を作成したのであるから、その作成当時仮に自己が本件土地の所有権者であるとの認識を持っていれば、当該遺言書の中に本件土地の帰属についても記述してしかるべきであるからである。

したがって、被相続人の相続開始時には本件土地は、相手方Y2の所有に帰属しており、遺産の範囲には帰属しない。

なお、これまで述べたところから相手方Y2が被相続人から本件土地の所有権を取得するために金銭を支払ったことは証明されていない。

(4)  争点2についての判断

葬儀は、死者を弔うために行われるものであるがこれを実施挙行するのはあくまでも死者ではなく遺族等の死者に所縁のあるものであることからすれば、葬儀の費用は相続債務と見るべきではなく、葬儀を自己の責任と計算において手配等して挙行した者(原則として喪主)の負担となると解すべきところ、被相続人の葬儀を主催した者は、相手方Y1であるから、申立人には当該葬儀費用を負担すべき法律上の義務はない。したがって、前記合意の効力によって、別紙遺産目録第3の2記載の現金は、相手方Y1が保管している被相続人の遺産として扱う。

3  遺言書について

上記のとおり被相続人は、本件隣地及びマンシヨンを相手方Y2に遺贈する旨の有効な公正証書遺言を作成していることが認められる。したがって、相手方Y2は、当該遺言書により本件遺産分割手続きを経ずして本件隣地及びマンシヨンの所有権を取得した(本件遺贈物件は、相続開始と同時に被相続人から直接相手方Y2に所有権が移転するものと解されること並びに本件当事者双方の意向等を考慮し、本件遺贈物件について、相手方Y2の特別受益として持ち戻しの対象となるか否かの判断対象とする。)。

4  特別受益

(1)  申立人は、相手方Y1及び同Y2について以下の特別受益があると主張する。

〈1〉  相手方Y2について

本件土地(別紙物件目録2記載の土地、遺産の範囲に関する主張の予備的主張)、本件隣地及びマンシヨン(別紙物件目録1記載の不動産)

〈2〉  相手方Y1について

別紙物件目録3の1記載の土地、同目録2記載の生命保険及び同3記載の生命保険上の権利

(2)  相手方Y2の特別受益について

相手方Y2が、本件土地の所有権を被相続人から生前取得したこと、相手方Y2がそれに対して金銭を支払ったことの証明がないこと、公正証書遺言により本件隣地及びマンシヨンの所有権を相手方Y2が取得したことは、いずれも既に述べたことである。また被相続人がこれらの物件を相手方Y2に取得させるにあたり持ち戻し免除の意思を表示したと認めるに足りる証拠はない。

以上の事柄によれば、相手方Y2が取得した上記不動産について民法903条所定の財産として考慮するのが公平上相当である。

相手方Y2は、被相続人が上記内容の遺言書を作成した理由に関し、自己所有の本件土地をマンシヨン敷地の一部として無償で提供したからである旨主張しているが、この主張は、既に述べた当裁判所の判断とは異なるもので採用することができない。また、相手方Y2は、自己の稼ぎ先が神戸市○○区内のお寺で被相続人や相手方Y1の死後相手方Y2に祭祀を承継してもらうことを考慮して上記遺言書が作成されたとも主張するが、上記遺言書にそれらの事柄に関する記載が全くないこと、上記不動産の価格(後記のとおり相続開始時価額1億2400万円余)が高額であること等を考慮すれば、仮に祭祀の問題について相手方Y2の主張どおりであったとしてもそのことによって、被相続人が持ち戻し免除まで認めていたとは到底いえない。

なお、相手方Y2は、本件土地の所有権を取得した後被相続人と養子縁組し推定相続人の地位を取得しているが、民法903条が共同相続人間の遺産分割に関する公平の理念に立脚しているものであること、既に述べた本件事案の経緯に照らせば、当初から推定相続人たる地位を取得していた場合に準じて扱うのが相当である。

したがって、相手方Y2には、申立人が主張したとおりの特別受益があるものと認められる。

(3)  相手方Y1の特別受益について

〈1〉  別紙物件目録3の1記載の土地について

別紙物件目録3の1記載の土地は、別紙遺産目録第1の2記載の土地の残りの共有持分であるところ、上記土地全部の取得資金は、被相続人名義のゴルフ会員権の売却金で賄われたこと、相手方Y1自身は上記土地を取得するにあたって何ら出捐していないこと、また相手方Y1は、本件土地上に自己名義の建物を建築し、その敷地として上記土地を無償で利用していること、以上の事柄が認められる。これらの事柄によれば、別紙物件目録3の1記載の土地について民法903条所定の相手方Y1の特別受益とするのが相当である。

相手方らは、上記ゴルフ会員権は、相手方Y1と被相続人が結婚する直前祖母が代金60万円で購入したものである旨主張するが、祖母がこれを出捐したことを裏付ける充分な資料はなく、またその経緯も明かではないことから当該主張を俄に採用することはできない。また相手方らは、上記土地がもともと申立外亡Dの所有の土地であり、同女の親戚にあたる祖母が同女の世話をしていたから上記土地の取得が可能であった旨主張するが、仮に相手方らの主張が真実であったとしても既に述べた事柄を考慮すれば、相手方Y1の特別受益を否定するまでの理由にはならない。

〈2〉  別紙物件目録3の2記載の生命保険金について

別紙物件目録3の2記載の生命保険金は、相手方Y1が受領していることが認められ、また当該契約の契約者・被保険者が被相続人であることから当該契約に基づく保険料を被相続人が負担していたものと推認する。

ところで保険金請求権は、そもそも保険契約に基づき保険金受取人の固有財産として発生した財産権であるから民法903条の特別受益とは性質を異にするものであるが、共同相続人間の実質的公平という親点から原則として同条の特別受益に準じて扱うべきものであると解される。ところが、本件では相手方Y1が受領した保険金額は330万円余りであり、加えて同人は被相続人の配偶者として被相続人の死後自己の責任において葬儀等を執り行う立場にあるものであることを考慮すると、この程度の金額は被相続人の死後葬儀費用や当面のその他の諸雑費にあてるため相手方Y1に取得させたと見ることがかえって公平に適するものと解される。

したがって、本件生命保険金を特別受益と扱うのは相当ではなく、この点に関する申立人の主張は理由がない。

〈3〉  別紙物件目録3の3記載の保険契約上の権利について

相手方Y1が取得した保険契約上の権利とは、被相続人が生前自己を契約者かつ保険金受取人、相手方Y1を被保険者として締結していた生命保険契約について、相手方Y1が自らを契約者・被保険者とし、保険金受取人を相手方Y2とする契約に変更して取得したものであることが認められる(第3回審判期日調書)。これによると相手方Y1が被相続人の1つの財産権を無償で取得したものと認められるが、本件の一切の事情を考慮すると、当該財産価額について相手方Y1の特別受益に準じて扱うのが相当である。

(4)  特別受益の評価額

相手方Y2の特別受益不動産の相続開始時の評価額は別紙物件目録1の第3及び別紙物件目録2の3記載のとおりであるので、この額を同人の特別受益額とする。

相手方Y1の特別受益不動産の相続開始時の評価額は、別紙物件目録3の4記載のとおりであるので、当該金額及び同目録3に記載されている保険契約上の権利の金額の合計額を同人の特別受益額とする。

5  遺産の評価

被相続人の遺産のうち相続開始時及び鑑定時(平成10年8月1日現在)の不動産評価額は別紙遺産目録第4記載のとおりであり、分割時の価額については、鑑定時の価額とするのが相当である。動産については相続開始時及び分割時ともに保管している額とする。

6  具体的相続分

ア  相続開始時の遺産総額1億0994万6090円

(84,360,385+21,493,600+1,092,105+3,000,000)

イ  相手方Y2の特別受益(32,165,000+92,197,000)

ウ  相手方Y1の特別受益(5,373,400+336,632)

エ  みなし相続財産総額2億4001万8122円(ア+イ+ウ)

オ  分割時の遺産総額5346万0075円

(32,271,970+17,096,000+1,092,105+3,000,000)

カ  当事者の具体的相続分(率)

申立人   3784万9275円(円未満切り捨て)

34.43パーセント(小数点3位を四捨五入)A

計算式 ア×(エ/4)/{(エ/4)+(エ/2-ウ)}

相手方Y1 7209万6814円(円未満切り捨て)

65.57パーセント(小数点3位を四捨五入)B

計算式 ア×(エ/2-ウ)/{(エ/4)+(エ/2-ウ)}

相手方Y2 0円

計算式 エ/4-イ = -6435万7469円(円未満切り捨て)

キ  当事者の具体的相続額

申立人   1840万6304円(円未満四捨五入)(オ×A)

相手方Y1 3505万3771円(円未満四捨五入)(オ×B)

相手方Y2         0円

7  分割方法

本件遺産の内容、共同相続人間の関係等その他一切の事情を考慮すると相手方Y1が、別紙遺産目録記載の遺産総てを取得し、申立人に対し1840万6000円の代償金を支払う方法による分割が相当である。

なお、相手方Y1は、代償金の支払能力がないので、不動産の共有による分割ないしは現物分割を求める旨主張する。しかしながら、遺産となっている不動産はいずれも共有持分権であり(残りの持分権者はいずれも相手方Y1)、しかもその構造、面積、形状等から現物による分割は困難であると認められる。加えて、申立人と相手方Y1との間には大きな確執があり、紛争を先送りするような不動産を共有とする分割は相当ではない。また、相手方Y1は、遺産となっている不動産を自己の固有持分権とともに処分すれば、充分に代償金を支払うだけの資力を有していること、更には同人の親族から資金援助の可能性が全くないわけではないことが認められる。

以上により、本項冒頭に掲記した分割方法を選択したものであるが、これまでに述べた事情を考慮し、上記代償金の支払いについて本件審判確定後4か月の余裕をおくものとした。

本件手続費用のうち鑑定費用は、申立人が33万5000円、相手方Y2が39万1000円、相手方Y1が78万2000円(相手方らの割合は法定相続分に応じて案分した。)をそれぞれ立て替えているが、それらはそれぞれの負担とし、その余の手続費用は各自の負担とする。

8  よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 渡邊雅道)

遺産目録

第1 土地

1 所在 神戸市〈以下省略〉

地番 〈省略〉

地目 宅地

地積 184.84平方メートル 持分1000分の635

2 所在 広島県安芸郡〈以下省略〉

地番 〈省略〉

地目 宅地

地積 189.26平方メートル 持分5分の4

第2 建物

1 所在 神戸市〈以下省略〉

家屋番号 〈省略〉

種類 居宅

構造 木造石綿セメント板葺2階建

床面積 1階 68.31平方メートル

2階 72.04平方メートル 持分1000分の635

第3 動産

1 現金 109万2105円

(相手方ら代理人保管)

2 現金 300万円

(相手方Y1保管)

第4 不動産評価額

1 上記第1の1の土地及び第2の1記載の建物の一体価額

平成2年8月21日現在 8436万0385円

平成10年8月1日現在 3227万1970円

2 上記第1の2の土地の価額

平成2年8月21日現在 2149万3600円

平成10年8月1日現在 1709万6000円

物件目録1

第1 土地

1 所在  池田市〈以下省略〉

地番  〈省略〉

地目  宅地

地積  99.25平方メートル

2 所在  池田市〈以下省略〉

地番  〈省略〉

地目  宅地

地積  15.35平方メートル

第2 建物

1 所在 池田市〈以下省略〉

家屋番号 〈省略〉

種類  共同住宅

構造  鉄骨造陸屋根3階建

床面積 1階 129.60平方メートル

2階 129.60平方メートル

3階 129.60平方メートル

第3 上記第1、第2の平成2年8月21日現在の評価額合計

9219万7000円

物件目録2

1 所在 池田市〈以下省略〉

地番 〈省略〉

地目 宅地

地積 93.63平方メートル

2 所在 池田市〈以下省略〉

地番 〈省略〉

地目 宅地

地積 15.45平方メートル

3 上記1、2の平成2年8月21日現在の評価額合計3216万5000円

物件目録3

1 所在 広島県安芸郡〈以下省略〉

地番 〈省略〉

地目 宅地

地積 189.26平方メートル

持分5分の1

2 生命保険

a生命 259万5167円

b生命  74万3835円

3 生命保険上の権利 33万6632円

4 上記1の平成2年8月21日現在の評価額 537万3400円

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